翠波高原〜銅山川〜大永山 2017

コース   伊予三島−法皇トンネル−翠波高原−法皇スカイライン−掘切峠−柳瀬ダム−富郷−別子山−大永山−新居浜−伊予三島
走行距離   120キロ
最高地点   翠波峰(890m))  大永山トンネル (1000m)     積算標高差 約2200m
走行日・天候   2017年  8月 27日   天候:晴れ   FELT F1
 夏休み、という響きには、この年齢になっても、なんだかワクワクしてきます。夏のサイクリングと言えば、私にとっての原点は、1973年夏、初めて自転車でキャンプに行った富郷。汗だくで登った先にあった法皇トンネル内は涼しく、金砂湖側に出ると瀬戸内側より気温が下がり、銅山川に沿って木陰の道を走ったこと。なにより川と言えば水量は少なく濁った水が当たり前の香川に育った私にとって、初めて触れた銅山川の清流には強烈な印象を植え付けられました。その後、毎年のように通っていましたが、仕事のためもあって訪れない時期が続いていたら、いつの間にか富郷ダムができていました。
 現地の様相は、当時とは随分と変わってしまい、川の水も見るに忍びないのですが、感傷旅行とでもいうのか、時々訪れては、いろいろな思いに浸っています。

                                                                  (2017年08月30日 記)
走ったコース
           
                                            翠波高原から金砂湖 右手は赤石山系

 午前6時前に自宅出発。7時過ぎにはデポ地・伊予三島公園に到着し、7時20分くらいにスタート。まずは法皇トンネルへ向かいます。この道、国道319号線だったのですね。初めてここを走ったのは、上述のように1973年夏。当時はまだ未舗装区間も結構残っていました。その後10年以上毎年夏に通っていましたが、いつのまにか舗装され、現在はほぼ2車線の幅広い道になってしまいました。前半の山肌に沿って蛇行していたところは、トンネルや陸橋などで直線化して距離は短縮したものの勾配は若干きつくなって、非力になった我が身には堪えます。幸い中盤のつづら折れ区間は、そのまま道を広げているので勾配は昔と変わりません。

  
お馴染み・ブルーライン                具定展望台から西方面                  具定展望台から東方面

 具定展望台で、ちょっと霞んだ宇摩地区の眺めを見て、法皇トンネルへ。トンネルは、昔からほとんど変わっていないと思います。初めてやってきた時は、涼しさに驚いたものですが、やはり時折通るクルマの轟音には当時と同じく肝を冷やしますね。トンネルを抜けると南側・水ヶ滝のところには自転車用ラックが設けられていました。
 国道319号線の登り始め辺りで、この日が翠波高原コスモス祭りの表示を見かけました。登る途中、結構クルマが多いように感じたので、翠波高原に人がいっぱいだと嫌だなあと思っていました。が、トンネルを抜けて少し下り、翠波高原への激坂にかかると、幸いにもクルマはほとんど通らなくなりました。

 
     法皇トンネル北側       南側・水ヶ滝 自転車用ラックあり


木漏れ日の中を

 毎度のことですが、この区間は激坂です。3qで標高差約400m。塩塚〜笹ヶ峰〜白髪と走った上に、この道を登ったのは2009年6月のことでした。当時あまり参加されたみなさんの経歴を知らなかったのですが、後から振り返ると一緒に走ったのはフジワラさんをはじめ錚々たるメンバーでした。知らぬが仏、よく主催できたものです。当時はGPSも持ってなかったので積算標高3000mと書いていますが、昨今の経験からそんなもんじゃないだろうとルートラボでトレースしたら、ほぼ4000mでした。実は、この日、翠波後、笹ヶ峰から白髪を回って立川川と汗見川の清流三昧ってことも少し考えていたのですが、昨今の力では無理と早々に見送った次第です。

 
インは20%くらい 緩やかに見える前後も10%くらい  


翠波高原 コスモスの花数は いまひとつ

 コスモス畑までは、せめて脚着きせずにと思っていましたが、残り1qくらいのところで脚尽き、写真撮影という名目で脚着き。まだ8時過ぎだったのと木陰が多かったので(そうでなくても法皇トンネルを抜けると気温が少し下がりました)、意外と涼しかったのは幸いでした。
 なんとか辿り着いたコスモス畑は、コスモス祭り当日だというのに、咲き具合はもうひとつ。花数は少なく、それに合わせたかのように人もまばらでした。これから最盛期を迎えるのか、すでに見頃は終わってしまったのか不明。山の姿も、もう少し早い時間帯なら陰影があって立体感があったと思われました。が、四国山地・赤石山系に囲まれた金砂湖を見下ろす風景は、いつ見ても心洗われる思いがします(写真:冒頭の一枚)。


遠くに 二ツ岳

  
翠波峰から 川之江・伊予三島

 さすがに日向で止まっていると汗が流れてきます。コスモス畑が思いの外、花が少なかったので、中を通る歩道を歩いてみることもなく、翠波峰に向かいました。こちらは、人影なし。燧灘方面の展望も靄っていて、もうひとつ。翠波峰にはこれまで何回かやってきているのですが、いつもこんな感じで、すっきりくっきりという光景に遭ったことがありません。一度、本州までくっきりと見渡せる好条件の日にやってくるのが、今後の目標ですね。

    
法皇スカイラインから川之江JC付近                    掘切峠                  掘切峠から南へ下って 新宮方面

 翠波峰からは、そのまま金砂湖方面へ戻ることも考えましたが、もう少し余裕がありそうなので、法皇スカイラインを走って、これまた懐かしい掘切峠へ向かうことにしました。標高700〜800m前後を走る法皇スカイラインですが、さほど展望はありません。以前展望台があった川之江・市民の森も、前回訪れた時に荒れ放題だったので、今回は入り口が雑草に覆われていたのを確認しただけでパス。そこから掘切峠までは、記憶よりずっと急な下りでした。
 掘切峠、1973年春に初めて通った時は、堀切トンネルも高速道路もなく、新宮への主要道でした。交通量は当時でも少なかったのですが、現在はさらに交通量が少ないようで、道の両側からは雑草が伸び放題、随分道幅が狭く感じられました。それまで自転車で標高100mにも達したことがなかったので、標高413mの標示に感動した道標も何処へやら。まさか、この年齢になって、またここを走っているなんて、当時は想像もしなかったことですね。

    
柳瀬ダム手前・日浦の集落                     翠波橋                   最高地点まで28qの表示

 掘切峠から柳瀬ダム方面に下ります。銅山川を左岸から右岸に渡るところで、左岸に日浦という集落がありました。この後、銅山川沿いには、富郷を含めて極小さな集落がいくつかあるだけでした。この道も、1973年春初めてのサイクリングで走ったところです。掘切峠を越えてきた脚には柳瀬ダムまでの登りがとても長くきつく感じられたことが、昨日のことのようにはっきりと記憶に残っています。一か所、柳瀬ダムを正面視できるポイントがあったはずですが、木々が大きくなったためか、それとも単に見逃したのか、気が付けばダムの横でした。
 今回走ったコースで、この掘割峠から平野橋までの国道319号線のみが、44年前とほとんど姿を変えずに残っている唯一の区間です。金砂湖に沿う1車線の細く曲がりくねった道は、植林された杉林や雑木林に覆われて大部分が日蔭で、ところによっては道中央部が苔生しているくらいです。交通量も非常に少なく、のんびり走れます。掘切峠まではほとんど耳にしなかったミンミンゼミが、この区間ではこれでもかというくらいの大合唱を聞かせてくれました。
 平野橋を過ぎると、富郷ダム建設時に拡張された2車線道になります。とっつけに「最高地点まで28q、現在地の標高300m」の表示が、ブルーラインの横に立っていました。こんな表示は、その後の目安になって大変ありがたいですね。後2ヶ所ほど目にしました。もちろん、ブルーラインは健在で、次の主要地点(ダムなど)までの距離が1q毎に記されています。先のラックといい、愛媛県の自転車・サイクリング政策、恐るべし。

  
富郷キャンプ場付近・戻ヶ嶽      往年のキャンプ地と旧道


往年のキャンプ地 水の色は暗く

 県道6号線と変わって国道より逆に広くなった2車線道を、銅山川を覗き込ながら上流へと遡ります。富郷ダムからは常時一定量の放流をしているらしく、ダム完成以前と同じくらいの水量はあるのですが、どうも水の色が暗いです。おまけに川原や川底の石も徳島県の吉野川で見かける青石と異なり、なんだか黒っぽい。今もキャンプ場があるらしい戻ヶ嶽付近からは子供たちの歓声が聞こえましたが、以前の川は全く違っていたのを知っている人も少なくなったのでしょう。
 初めて自転車キャンプを行ったポイントは、キャンプ場から少し上(富郷ダムから1q少々下流)。戻ヶ嶽からは川際を走る当時の道(ダム手前で行き止まり)を離れて新しい上方の道へと進みます。キャンプをしていた頃、随分上方に道らしき工事をしているのが見えていましたが、現在はそちらが本道。その道から、毎年キャンプをしていたポイントが確認できましたが、ちょっと泳ごうという気にはならない水の色でした。1990年代前半に、まだ小さかった子供を連れて訪れた時には、ダムがなかったので、今回改めて確認したところ、富郷ダムの完成は2000年。ちなみに下流から新宮ダム1975年、柳瀬ダム1953年、別子ダム1965年が竣工だそうです。

    
藤原大橋                    藤原大橋から富郷ダム方面                   法皇湖

 対岸の藤原という集落に向かっては、藤原大橋という川底まで100m近い高さの橋が架かっています。そこから富郷ダムの姿がチラッと見えるのですが、足元にはブルーライン。富郷ダム湖である法皇湖一周のコースも示されていました。あまり食指が動きませんが、一度は対岸の道も走ってみようと思います。県道6号線は、川の右岸なので、金砂湖の左岸を走る国道319号線と異なり、ほとんど日陰がありません。
 途中、これも1973年のキャンプ時に宿泊させていただいた城師小学校付近を通りますが、もう完全に水没地区のようで、トンネルや橋、路肩の表示にその名前を残しているのみ。銅山川沿いには、初めて訪れた時から民家は少なかったのですが、今は一層減って、気づいた限りでは、集落は日浦、富郷、藤原、とあと2ヶ所くらいでしょうか。最盛期は銅山で働く人を中心として1万人を超える人が暮らしていた旧別子山村(現在は新居浜市)も、訪れる度に人の気配が少なくなっています。新居浜市役所別子支所庁舎さえ廃屋になりかけているような外観でした。庁舎のある少し手前に太田尾越えの分岐があるのですが、その手前から県道Noが47号線に変わります。確か、この付近で右手山から湧き水が出ているポイントがあり、冷たい水を補給できます。
 別子ダム手前からは、1車線の旧道となります。近くにある銅山越えの出発地点・駐車場には、大型バス1台も含めて10台ほどのクルマが停まっていました。ここもメジャーになりましたね。別子ダムを過ぎると、大永山トンネルまでは4qほど。標高が上がって、気温も涼しく感じられるくらいに下がってきました。中七番付近では、雲が下がってきました。まさか雨? トンネル到着は12時40分くらいだった記憶。笹ヶ峰への東側登山口になるここには、数台のクルマが停まっていました。

    
トンネルと橋だけに名前が残った城師            中七番付近 雲が出てきた               大永山トンネル・南口    

 この県道47号線も長らく中七番で行き止まりとなっていて、新居浜側と繋がっていませんでした。新居浜側からは1978年に旧道で行き止まりの廃墟(何処であったか不明)まで、銅山川からは1985年に行き止まりまでそれぞれ走っています。大永山トンネルの開通は1990年だそうです。
 大永山トンネルからは20qほどで標高差1000mの下りです。雲行きが怪しくなってきたこともあり、また見晴らしももうひとつだったので、一気に下ります。半分くらい下ったところで、右手下方の谷・対岸の低い位置に道が見えました。1978年に走った旧道かなあと思いましたが、帰宅後確認すると、どうも東平への道のようでした。下って東平への分岐点、さらに下って鹿森ダムの少し上で旧道の分岐(通行止め)、ちょうど東平へ向かっていると思われるマイクロバス3台とすれ違いました。鹿森ダムにかかるループ橋を回る頃には、気温も上がってきました。新居浜市内に入ると、雲は山のほうだけで、再び強い日差しです。

    
県道47号線・東平への分岐部付近を上方から           鹿森ダム手前のループ橋          県道13号線・新居浜側から東予の海岸線
 
 クルマも信号も多い新居浜市内を、ちょっと迷いながら、県道13号線へと進みました。この道も、長らく土居方面と連続していなかったと思うのですが、ちょっと情報がありません。いつも交通量の多い国道11号線を避けるために選択するのですが、新居浜郊外に出るまでは4車線の道で交通量も多く、ありゃ、以前と随分変わったなと思いました。が、県道138号線への分岐を過ぎると、ぐっと交通量が減りました。後は、暑い中最後の坂を登って、できるだけ海沿いのクルマの少ない道を走ってデポ地に帰還、ちょうど15時くらいでした。
 この日、出会った自転車乗り、金砂湖沿いの国道319号線で1人、法皇湖沿いの県道6号線で3人、鹿森ダム付近で2人。上述のように、以前とは道や川、周囲の風景も随分変わってしまいましたが、落合峠や瓶ヶ森林道とは異なった思い入れのある道です。いつまでやって来ることができるかわかりませんが、また次回があることと思っています。

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